桜の「柿本寺跡」
柿本寺跡(しほんじあと)
桜花 咲きかも散ると 見るまでに
誰れかもここに 見えて散り行く (柿本人麻呂)
訳:桜の花が美しく咲いたかと思っていると、散っていくのを見ているようだ。
誰だろうか。ここで集いて去って行く人たちは。
4月8日。離任式、着任式でした。別れと出会いの春。
櫟本小学校でお世話になった先生方との別れ、新しく着任した先生方との出会いは
まるで、桜の花が咲いて散るように、心がゆれる思いですね。新しい春を皆さんとがんばっていきましょう。
では、櫟本の桜の名所を紹介します。
櫟本は柿本人麻呂の生地であると伝えられています。 櫟本小学校の東側、和爾下神社の鳥居をくぐり参道を東に歩くと、公園が整備されています。 ここには「柿本人麻呂像」と「歌塚」が建っています。 人麻呂の遺髪を、妻の依羅娘女(よさみのおとめ)が持ち帰ってここに葬ったといいます。 |
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4月5日、人麻呂公園は桜の花が満開でした。 | ||
人麻呂も今年の桜をめでているようです。 | ||
公園では、高齢者の方たちがグランドゴルフに興じておられました。 | ||
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石室の巨大岩(和爾氏豪族の古墳があったとされる) | ||
このあたりは、柿本氏の氏寺である「柿本寺」の跡にあたります。 柿本寺は、柿本氏の氏寺で奈良時代に創建され、明治初期に廃寺になりました。 現在は礎石の一部が残り、奈良時代の古瓦も出土しています。
左の大きな岩は、4~5世紀古墳の石室の天井岩だとか。 |
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(2013.4.5撮影) | ||
桜花 咲きかも散ると 見るまでに 誰れかもここに 見えて散り行く (柿本人麻呂) |
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登録日: 2013年4月7日 /
更新日: 2013年4月8日